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東京地方裁判所 平成2年(ワ)4300号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金三億四五〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

理由

【事 実】

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、鉄鋼製品の製造販売等を業とする乙山製鋼株式会社(以下「乙山製鋼」という。)の代表取締役である。被告は、昭和六〇年一一月二五日、パチンコ店経営を目的とする株式会社丙川商事(以下「丙川商事」という。)を設立した。原告は、丙川商事設立当時、かねてより乙山製鋼と取引関係のあつた株式会社太陽神戸銀行(以下「太陽神戸銀行」という。)乙野支店の支店長をしており(同六一年五月に退職)、被告と面識があつたことから、設立にあたり、丙川商事の発行済株式二〇〇株のうち八〇株を引き受けて取得した(原告が取得したと主張する右八〇株の株式を以下「本件株式」という。)。

丙川商事は、設立の際、太陽神戸銀行、太陽火災海上保険株式会社(以下「太陽火災」という。)、株式会社アポロリース(以下「アポロリース」という。)から合計九億三〇〇〇万円の融資を受け、別紙物件目録(一)ないし(五)記載の土地(以下「本件土地」という。)及び本件土地上の同目録(六)及び(七)記載の建物(以下「本件建物」という。)の購入資金等に充てた。

また、原告は、丙川商事の常勤の経理担当者がいなかつたため、設立時より妻の甲野花子(以下「花子」という。)を丙川商事に勤務させ、売上代金の管理・日常経費の支払い等の仕事をさせた。

2  同六二年六月当時、丙川商事の発行済株式二〇〇株の内、八〇株を原告が所有し(但し、名義は、四〇株が原告、二〇株が花子名義、二〇株が原告の息子である甲野一郎(以下「一郎」という。)の各名義)、残り一二〇株を乙山製鋼が所有していた。

3  ところで、被告は、原告に対し、同年六月一八日、「丙川商事の経営が行き詰まつたので、本件土地建物を売却して整理したい。ついては、本件株式を買い受けたい。」と申し向け、同年七月一日、株式会社東京丁原運輸(以下「丁原運輸」という。)の買付証明書及び丙川商事の毎月の収益速報を示した上、「本件土地建物をこの買付証明書にある金一二億五〇〇〇万円以上で売却することは国土利用計画法(以下「国土法」という。)上非常に難しいので、この金額で丁原運輸に売却したい。丙川商事は赤字が累積しており、税金、残債務等の支払に充てると、余剰はでないので、本件株式を額面金額と同額で買い取らせてほしい。」旨申し向け、同月一〇日には、本件株式を金八〇〇万円で買い取る旨申し向け、その後数回にわたり本件株式の売却を執拗に依頼し、同月二九日には丙川商事の昭和六一年一〇月一日から同六二年六月三〇日までの臨時決算報告書である第2期(第3四半期)臨時決算速報を示した上、「本件土地建物を金一二億五〇〇〇万円で売却した場合の売却益は金三億八一〇〇万円、法人税が金一億二一〇〇万円、特別税率課税が金七六〇〇万円で、売却した場合の資産から負債を引いた額は金二億二一〇〇万円であるから、本件土地建物の売却後の丙川商事の残余財産は金二四〇〇万円で、このうち四〇パーセントの金九六〇万円が原告の取得すべき金額である。」と申し向けた。

4  ところが、被告は、実際には、同六二年はじめから、戊田商事株式会社(以下「戊田商事」という。)との間で、丙川商事の発行済株式すべてを売却する話を進めており、同年七月中には、同年六月一五日の時点での本件土地建物の評価額を約金一七億九〇〇〇万円とする甲田興産株式会社(以下「甲田興産」という。)作成の鑑定評価書を参考に、本件土地建物及び機械備品等をあわせて丙川商事の資産を金一九億五〇〇〇万円、同月三〇日現在の丙川商事の流動資産額を約金五億円、設備手形を除いた負債額を約金一五億円として、丙川商事の発行済株式二〇〇株すべてを約金八億九〇〇〇万円で乙山製鋼から戊田商事へ売却する合意が事実上成立していたか、ほぼ固まつていた。

5  被告は、本件売買に際し、原告に対して、右4の経緯を説明すべき義務があつた。けだし、丙川商事が設立の際受けた前記1の融資は、乙山製鋼が赤字会社で被告個人に信用力がないにもかかわらず、被告の依頼により原告が融資先を紹介して便宜を図つたことによつて実現したものであり、また花子は前記1のとおり丙川商事の経理を担当するなど、原告は、丙川商事の資産形成及び維持発展に尽力し、被告とは信頼関係で結ばれていたからである。また、丙川商事の代表取締役でもある被告には、商法二六六条の三第二項、証券取引法一九〇条の二の各規定の趣旨に照らし、真実を告知すべき義務がある。

しかるに、被告は原告をしてできるだけ安い価格で本件株式を乙山製鋼に対して売却させ、もつて本件株式を含む丙川商事の発行済株式二〇〇株の売却益を独占しようと企て、原告に対し、右4の事実を秘し、前記3の如く申し向けたので、原告は、丙川商事所有の本件土地建物の価格は金一二億五〇〇〇万円程度で、本件土地建物を売却して清算しても残債務の支払のため残余財産の分配はほとんどないものと誤信し、昭和六二年八月一日、乙山製鋼に対して本件株式を金一〇〇〇万円に裏金として金四〇〇万円を加えた代金一四〇〇万円で売却した(以下「本件売買」という。)そして、原告は、乙山製鋼から右代金を受領した。

6  乙山製鋼は、同月三日、戊田商事に対し、丙川商事の流動資産の額に本件土地建物及び機械備品等の価格金一九億八〇〇〇万円を加えた額から同月二八日(引渡時)の負債の額を引いた金額を純資産額とすることとし、これに基づき本件株式を含む丙川商事の発行済株式二〇〇株すべてを代金約八億九〇〇〇万円で売り渡す旨の契約(以下「有価証券譲渡契約」という。)を結んだ。

ところで、丙川商事の昭和六二年八月二八日における純資産額は金八億九九四二万一八四二円となるから、同日時点における丙川商事の全株式二〇〇株の時価は金八億九九四二万一八四二円であり、そうすると、本件株式の時価は金三億五九七六万八七三六円となり、また、右時点と同月一日時点の丙川商事の資産にはそれほどの変動がないと考えられるので、本件株式の同日時点における時価は少なくとも金三億五九〇〇万円を下ることはない。

したがつて、被告の右5の行為に基づき本件株式を乙山製鋼に売り渡したことにより、原告は、既に乙山製鋼から受領している金一四〇〇万円を控除した金三億四五〇〇万円の損害を被つた。

7  よつて、原告は、乙山製鋼の代表者である被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として金三億四五〇〇万円及びこれに対する不法行為の日以後であることの明らかな昭和六三年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、原告が、昭和六二年六月当時、本件株式八〇株をすべて所有していたことは否認し、その余は認める。

本件株式の内、四〇株は原告が所有していたが、二〇株は花子、二〇株は一郎が所有していた。

3  同3の事実は否認する。

4  同4のうち、乙山製鋼と戊田商事が丙川商事の全株式を買い取り、その売買代金は丙川商事の株式を純資産方式で評価して計算することとしたこと、甲田興産が昭和六二年六月一五日の時点での本件土地建物の評価額を約金一七億九〇〇〇万円とする鑑定評価書を作成したことは認め、その余は否認する。

5  同5のうち、昭和六二年八月一日、乙山製鋼が本件株式を金一四〇〇万円で買い取つたことは認め、その余は否認ないし争う。

6  同6のうち、乙山製鋼が戊田商事に対し、本件株式を含む丙川商事の発行済株式二〇〇株すべてを売却したことは認め、その余は否認する。

三  被告の主張

1  原告は、丙川商事が開店以来赤字続きで配当もできない状態であつたため、本件株式の購入代金四〇〇万円を回収しようと焦り、昭和六一年一二月ころ、被告に対し、本件株式を額面で買い取るよう要求したが、被告がこれに応じないと、同六二年五、六月ころ、今度は丁原運輸の買付証明書や乙野産業株式会社の買付証明書を呈示し、本件土地建物を売却して丙川商事を整理することを要求し、被告が断つても、なおも執拗に本件株式の買取りを要求した。そこで、被告は本件株式を金一四〇〇万円で買うことを決意したのである。

このように、原告が、被告に対して本件株式の購入を積極的に働きかけてきたのであり、被告が原告を欺罔して本件株式を売却させた事実はない。

2  被告は、原告に対し、本件土地建物の時価相場が金一二億五〇〇〇万円であると述べたことはない。仮に被告が原告に対して右事実を述べたとしても、虚偽の事実を告げたことにはならない。

すなわち、金一二億五〇〇〇万円は、丁原運輸が実際に買い付けた価格であり、被告は、当時、国土法の規制に照らしても右価格が本件土地建物の時価相場であると考え、原告に告げたに過ぎない。

3  また、被告が原告に対し、本件土地建物の時価相場が金一二億五〇〇〇万円であると告げたとしても、原告は企業の財務分析、不動産取引、その評価などについて専門家ともいうべきもので、被告の言動により原告が本件株式の評価あるいは不動産の評価を誤つたなどということはあり得ず、まして花子は約一年にわたつて丙川商事の経理全般を処理し、本件株式の評価に関する財務資料を充分知り得ていたはずであるから、いずれにせよ原告が錯誤に陥るはずはない。

4  乙山製鋼と戊田商事の有価証券譲渡契約が成立したのは、昭和六二年八月一二日であり、本件売買のされた同月一日当時、戊田商事との間で有価証券譲渡契約は成立しておらず、成立するとも限らなかつたし、まして、戊田商事に丙川商事の資産を金一九億五〇〇〇万円と評価して株式を売却することになるとは予想もしていなかつた。従つて、被告が原告に対し右交渉の経緯を説明すべき義務はない。

仮に、本件売買当時、乙山製鋼と戊田商事との間で有価証券譲渡について事実上、合意が成立していたかその交渉が本件土地建物等の評価も含め相当進んでいたとしても、被告が原告に対してその内容を説明する義務はない。

原告は、丙川商事設立の際、二年後に銀行を退職することから、被告が経営しようとしていたパチンコ店へ投資をしたいと申し出た。しかし、原告は、出資金として金四〇〇万円以外には、全く経営上の危険を負担していない。本件土地建物その他設備を取得する資金は、乙山製鋼及び被告個人が連帯保証人となり、また、丙川商事が振り出し乙山製鋼が裏書きした手形を差し入れるなどして金融機関から借り入れたもので、これら借入金について、原告及びその家族は何らの債務を負担していない。原告は、銀行等からの融資について貢献したというが、単に支店長として自己の営業成績ないし支店の実績作りのために行動したに過ぎない。また、被告は、昭和五九年当時、既に船橋市和釜で丙山という名称のパチンコ店を開業していたが、原告にはパチンコ店経営についての知識は全くなく、丙川商事の経営は被告に任せきりであつた。花子も、原告が使つて欲しいというので月一三万円で雇用したものである。

以上のとおり、原告は、丙川商事の共同経営者というようなものではなく、丙川商事に金四〇〇万円を投資したに過ぎない。このような原告の地位に照らすと、被告が原告に対し、戊田商事との売買交渉の経緯を報告する義務はない。

5  原告は、被告の行為による損害として、戊田商事との間の売買価格を株式評価の前提とするが、そこには論理の飛躍があり、通常生ずべき損害として請求する以上、本件株式の客観的評価額が戊田商事との間の売買価格と一致することを証明すべきである。

第三  証拠《略》

【理 由】

第一  請求原因事実について

一  請求原因1の事実、同2のうち、昭和六二年六月当時、本件株式八〇株の内、四〇株が原告名義、二〇株が花子名義、二〇株が一郎名義であつたこと及び丙川商事の発行済株式二〇〇株の内本件株式を除く一二〇株を乙山製鋼が所有していたこと、同4のうち、乙山製鋼と戊田商事が丙川商事の全株式を買い取り、その売買代金は丙川商事の株式を純資産方式で評価して計算することとしたこと及び甲田興産が同年六月一五日の時点での本件土地建物の鑑定評価額を約金一七億九〇〇〇万円とする鑑定評価書を作成したこと、同5のうち、同年八月一日、乙山製鋼が本件株式を金一四〇〇万円で買い取つたこと、同6のうち、乙山製鋼が戊田商事に対し、本件株式を含む丙川商事の発行済株式二〇〇株すべてを売却したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  右一の争いのない事実、《証拠略》を総合すれば、次の事実が認められる。

1  被告は、昭和三三年一一月に乙山製鋼を設立し、以後その代表取締役をしている。乙山製鋼は、鉄鋼製品の製造販売等を業とし、現在、資本金一億六〇〇〇万円、従業員約七〇名の会社である。

乙山製鋼は、同三九年頃より太陽神戸銀行乙野支店と取引をするようになつた。原告は、同五九年一〇月乙野支店の支店長に就任し、被告と取引上の付合いをするようになつた。

原告は、同六一年五月に乙野支店長を退任し、同年六月から株式会社丁川ハウジングセンター(以下「丁川ハウジング」という。)に出向し、昭和六二年三月に太陽神戸銀行を退職した後丁川ハウジングに入社し、現在は同社の取締役開発事業部長をしている。原告は同年一月に宅地建物取引主任者の資格を取得しており、丁川ハウジングは、不動産取引、企画販売等を目的とし、不動産の実地調査、評価鑑定も業務として行う会社である。

2  被告は、昭和五六年当時鉄鋼業が一般に不振であつたこともあつて、事業の多角化を考えるようになり、戊原商事株式会社を設立し、千葉県船橋市においてパチンコ店を経営していたところ、更にもう一店舗パチンコ店を経営しようとして、丙川商事の設立を計画した。

被告は、取引銀行の支店長である原告に右事業の相談をするなどしていたが、原告に参加してもらうことにより、今後融資等で便宜が得られるのではないかと期待して、原告に出資を促した。原告は、二年後に退職をひかえていたこともあり、出資を決意し、被告から丙川商事の発行済株式二〇〇株の内、本件株式八〇株の引受けの依頼を受け、金四〇〇万円を自ら支払い、これを取得した。

この点について、被告は、株式取得の形態を取つてはいるが、実質的には、原告から丙川商事への金四〇〇万円の貸付けであり、元金と一〇パーセントから一五パーセントの年間の利回りを保証したに過ぎず、その旨の書類も作成したと供述する。しかし、利率を確定的に定めていないことや開業後実際に利息が支払われていないこと等、曖昧不自然な点が多く、到底採用することができない。

本件株式を取得する際、原告は、乙野支店長の職にあつたため、名義を原告本人とすることを避け、原告の妹や妹婿、花子の義妹の名義を使用した。

原告は、同六二年三月太陽神戸銀行を退職したのを期に、同年五月二〇日、本件株式の名義を変更することとしたが、その際、将来の税務対策のため、原告単独とせず、原告、花子、一郎の名義に分けた。

3  丙川商事を設立してパチンコ店を開業するにあたつては、敷地として本件土地を購入するために約金六億円、その他建物建設と設備の資金として約金三億円、合計約金九億円の資金の必要が見込まれた。しかし、被告に個人資産はほとんどなく、乙山製鋼の資産にも余剰価値はなかつた。

この資金は、乙野支店長であつた原告の努力もあつて、太陽神戸銀行、太陽火災、アポロリースから借り入れることができた。内訳は、太陽神戸銀行から金二億七〇〇〇万円と金四〇〇〇万円の二口、太陽火災から金二億七〇〇〇万円と金四〇〇〇万円のニロ・アポロリースから金一億三〇〇〇万円と金二億円の二口である。

本件土地建物には、太陽神戸銀行のために合計金三億一〇〇〇万円を極度額とする根抵当権、太陽火災のために金二億七〇〇〇万円の債務に対する抵当権及び金四〇〇〇万円を極度額とする根抵当権、アポロリースのために金一億三〇〇〇万円を極度額とする根抵当権が設定された。アポロリースに対しては、金三億三〇〇〇万円の債務の裏付けとして、利息込みで額面合計金五億一三六八万六五八五円の丙川商事振出しの手形が差し入れられた。

太陽神戸銀行に対する債務については、乙山製鋼と被告個人が連帯保証をした。

丙川商事は、昭和六一年秋頃、以上の資金で本件土地を約金六億円で購入し、この上に本件建物を建設し、同年九月開業した。

4  花子は、丙川商事設立から昭和六二年六、七月頃まで、丙川商事に勤務し、その売上金の管理、銀行への預金、乙山製鋼への送金等の業務に就いた。丙川商事は、花子に対し、毎月一〇万円前後の賃金を支払つた。

5  丙川商事は、開業以来、赤字が続き、配当が行われない状態が続いた。

被告は、同六二年六月一八日、原告を呼び出し、丙川商事の経営が不振なので所有不動産を売却して整理したいが、それに先立つて本件株式を乙山製鋼に売つて欲しいと切り出した。

被告は、同年七月一日、再び原告を呼び出し、丁原運輸の発行した買付証明書を原告に示し、本件土地建物の売却価格は、国土法の規制のため、丁原運輸の買付価格である金一二億五〇〇〇万円が限度であるから、丁原運輸にこの価格で売却するつもりである、税制が一〇月から改正になるので九月までに売却したい、と述べた。更に、被告は、丙川商事の毎月の収益速報を示し、開店以来の赤字は、約金一億四六〇〇万円であるから、丁原運輸への売却代金から税を支払つて清算するとほとんど余剰金は残らない、と説明し、本件株式を出資金額である金四〇〇万円で譲つて欲しいと申し向けたが、原告はこれを断つた。

被告は、同月一〇日、再び原告を呼び出し、金八〇〇万円で本件株式を譲つて欲しいと申し向け、その後も、原告の自宅に何度も電話をかけて本件株式の売却を要請したが、原告は承諾しなかつた。

被告は、同月二九日、原告を呼び出し、昭和六一年一〇月一日から同六二年六月三〇日までの臨時決算報告書である第2期(第3四半期)臨時決算速報を示し、丙川商事の開業以来の赤字が金一億六〇三一万六九五六円であると説明し、丁原運輸に本件土地建物を金一二億五〇〇〇万円で売却した場合、本件土地建物の原価を引くと利益は約金三億八一〇〇万円であり、そこから赤字の約一億六〇〇〇万円を引き、それに法人税(金一億二一〇〇万円)及び特別税率課税(金七六〇〇万円)を引くと純利益は約金二四〇〇万円となるところ、原告の持株比率は四〇パーセントであるからその取り分は金九六〇万円になると説明した。そして、被告は、原告に対し、本件株式の売却価格として乙山製鋼から金一〇〇〇万円、更に被告から個人的に金四〇〇万円をプラスするといつて、合計金一四〇〇万円を提示した。原告は、被告の右説明を聞いて、丙川商事の資産状態、本件土地の売却価格が被告の説明するとおりであれば、やむを得ないと考え、この価格で本件株式を乙山製鋼に売却することを了承した。

6  ところで、他方、被告は、同六一年一〇月頃から、商工組合中央金庫(以下「商工中金」という。)押上支店に依頼して丙川商事の整理のためその買取先を探しており、同六二年一月前後より、戊田商事との間で、丙川商事の発行済み株式全部を売却する話を進めていた。

売却代金を決定するにあたつては、本件土地建物をいくらと評価するかが重要であつたが、被告が経営する東名開発株式会社(以下「東名開発」という。)の同年六月一五日の依頼に基づき甲田興産が同二〇日に作成した本件土地建物の鑑定評価書が、同月一五日現在の本件土地建物の価格を金一七億八八八〇万五〇〇〇円と評価していたので、これを基に話が進められた。そして、昭和六二年七月前半には、被告と戊田商事との間で、本件土地建物を金一七億八〇〇〇万円と評価することになり、七月中には、本件土地建物等を含む丙川商事の固定資産を金一九億五〇〇〇万円と評価し、これに流動資産を加えた額から同年八月二八日時点の負債の額を引いた純資産額を有価証券の売買代金とすることで事実上、合意が成立した。

これに基づいて同年八月一二日頃、乙山製鋼と戊田商事との間で有価証券譲渡契約が締結され、同日付有価証券売買契約書が作成された(なお、この契約書の作成日付は、欄外にゴム印で「八月一二日」と押捺されているが、右契約書を前提に両者間で作成された覚書においては、右作成日付は、当初、八月三日と記載された後、同月一二日と訂正されている。)。これに先立ち、戊田商事は、同年八月一日、商工中金水戸支店より金二億円を借り入れた上、同一二日、乙山製鋼に対して手付けとして金二億円を支払つた。戊田商事との間で最終的には、丙川商事の流動資産は、金四億七四八三万九三五九円と評価され、また、負債は、金一五億二五四一万七五一七円と評価された。

なお、被告は、昭和六二年四月頃から、株式会社甲川興産を通じ丁原運輸との間でも本件土地建物の売却を交渉しており、同年六月一六日、丁原運輸から乙原開発に対し、金一二億五〇〇〇万円の買付証明書が交付されたが、その後は、乙原開発及び被告から丁原運輸に対して何ら連絡を取らず、交渉は中止された。

7  その後、原告は、丙川商事の前記借入金が返済されたかどうかを太陽神戸銀行葛飾支店に問い合わせたところ、同行から乙山製鋼と戊田商事との前記有価証券売買契約書をみせられ、本件土地建物を含む丙川商事の固定資産が金一九億五〇〇〇万円と評価され、丙川商事の全株式が戊田商事に売買された事実を知るに至つた。

そこで、原告は、右評価額について被告に対し説明を求めたが、被告は直ぐには説明をせず、昭和六三年一月に至つて、原告に対し、甲田興産作成の本件土地建物の鑑定評価書を示した。同鑑定書は、同六二年一二月二六日の被告の依頼により、同年七月三一日現在における本件土地建物の価格を同六三年一月九日に鑑定評価したもので、本件土地建物の価格を金一二億一九七二万五〇〇〇円としている。すなわち、本件土地建物については、甲田興産作成の、その評価額を金一七億八八八〇万五〇〇〇円とする鑑定評価書(但し、同六二年六月一五日現在の評価)のほかに、これを金一二億一九七二万五〇〇〇円とする鑑定評価書(但し、同年七月三一日現在の評価)が存在する。そして、被告は、後者に基づき、本件土地建物の昭和六二年七月当時の価格は、かつて原告に説明したとおり金一二億五〇〇〇万円が相当であり、従つて、本件売買において被告が原告に提示した本件株式の価格は正当であると弁明した。

以上の事実が認められる。

被告本人は、「本件土地建物の売却の話を切りだしたのは原告であり、丁原運輸から買付証明書を取つたのも原告である。被告は本件土地建物を売却するつもりはなかつたが、昭和六二年七月頃、戊田商事から買受けの申出を受け、当初は断つていたが、同年八月五、六日頃、丙川商事の全株式を売買することを急に合意し、同月一二日に戊田商事との間で有価証券譲渡契約を結んだ。」旨供述する。

しかし、右供述は、《証拠略》に照らし、到底採用することができない。

三  以上認定した事実に基づいて判断する。

1  まず、被告に欺罔行為が認められるか否かについて判断する。

前記認定した事実によれば、被告は、丙川商事の経営に行き詰り、その整理を考えたが、本件土地建物について既に丁原運輸との売却交渉をやめ、甲田興産作成の本件土地建物を金一七億八〇〇〇万円以上に評価する鑑定書を基に戊田商事との間で丙川商事の株式の売却価格を交渉していたにもかかわらず、昭和六二年七月一日、原告に対し、本件土地建物を金一二億五〇〇〇万円で売却することを前提に本件株式の買い取り価格を呈示したこと、その後、同月中には戊田商事との間で本件土地建物を金一七億八〇〇〇万円、設備等を含めた丙川商事の固定資産を金一九億五〇〇〇万円と評価することを事実上、合意したにもかかわらず、その後も、被告は、原告にこれを告げず、依然丁原運輸に本件土地建物を金一二億五〇〇〇万円で売却するものとして本件株式の買取価格の交渉を進めたこと、また、被告は、本件売買後、原告の追及をかわすため、本件土地建物について甲田興産に従前の評価と異なる鑑定評価書を作成させていることが明らかである。

ところで、一般的に売買において、買主は売主に対して、目的物の価値の評価について知るところをすべて告知しなければならないことはない。しかし、買主が売主を積極的に欺罔することが取引上許されないことはいうまでもないし、本件においては、原告は、丙川商事の発行済み株式の四〇パーセントを保有していたのであるから、被告は、原告の承諾がなくては丙川商事の重要な資産である本件土地建物の処分ないしはその営業の譲渡をすることができず(商法二四五条一項参照)、また会社清算のときには、原告は、持ち株数に応じて残余財産の分配を受ける権利を有していた(同法四二五条参照)ものである。そうすると、本件売買には、単純な株式の売買というだけではなく、被告が原告に対し、丙川商事の整理及びその具体的な手続を全面的に委ねることの承諾を求めるにあたり、見込まれる利益の分配を事前に行つたという側面もあるものと認められる。

これに加えて、前記認定の原告と被告との当時の関係に照らせば、被告は本件売買に際し、原告に対して、丙川商事の整理の具体的な見通しについて適正な情報を伝え、これを前提に売買代金を定めるべきことが求められるのであつて、殊に積極的に誤つた情報を伝えて欺罔することが許されないことは、当然の要請である。

ところが、被告は、丙川商事の整理を図りながら、原告に対し、あたかも既に中止した丁原運輸に本件土地建物を売却する計画を実行するかのように説明し、実際は、これよりはるかに高額に本件建物を評価して丙川商事の株式を戊田商事に譲渡することが確実であるのにこれを秘し、丙川商事を整理したときの残余財産を不当に低いものとして原告に告げ、これをもとに本件株式の売買代金を定めたのであるから、被告の右行為は、正当な取引行為を逸脱した欺罔行為に当たることが明らかというべきである。

2  次に、被告の右行為により原告が錯誤に陥つたといえるか否かについて検討する。

確かに、前記認定の原告の経歴、資格に照らせば、原告は、不動産取引、不動産の価値について相当的確な判断をしうる地位にあつたと認められ、また花子を通じ丙川商事の経営状態を把握できる立場にあつたとも認められる。

しかし、被告は、実際は丙川商事の発行済株式全部の譲渡とすることによつて国土法の規制を受けずに本件土地建物を金一七億八〇〇〇万円と評価して処分したのに、原告に対しては、本件土地建物そのものを売却するが国土法の規制から金一二億五〇〇〇万円以上では売却できないと説明し、また、その際原告に示した社長用の第2期(第3四半期)臨時決算速報によれば、一見、総資産に占める本件土地建物の割合が七〇パーセントを占めるため、株式譲渡の形態をとつても国土法の規制を免れることができないようにみえたのであるから、原告が不動産取引について相当の専門的知識を有し、金一二億五〇〇〇万円が国土法の規制価格として適正か否かを判断することができたとしても、株式譲渡の方法で国土法の規制を受けずに本件土地建物をより高額で処分することが可能であると判断し得たとは到底いえない。

そして、前項のとおり、被告は、積極的に原告を欺罔しようとしたものと認められることに照らすと、前記二の5の被告の行為によつて原告が錯誤に陥つたことも明らかである。

3  最後に、原告の被つた損害について判断する。

未公開株式の価格は、一概に定められないが、本件において、丙川商事は整理の段階に入つていたのであるから、純資産を株式数で割つた価額によつて評価するという純資産評価方式によるのが相当であり、また、その純資産の額は、自由な取引において戊田商事が実際に買いつけた相当な価額といえる。

したがつて、本件株式の価値は原告の主張するとおり金三億五九〇〇万円を下らないものと認められ、そこから原告が乙山製鋼から受け取つた金一四〇〇万円を引いた金三億四五〇〇万円が被告の前記行為により原告が被つた損害と認められる。

そうすると、乙山製鋼の代表者である被告は、不法行為に基づく損害賠償として金三億四五〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和六三年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

第二  よつて、原告の請求は、理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 升田 純 裁判官 中井川純子)

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